※以下、インパクト出版会『獄中で見た麻原彰晃』2006年刊 (麻原控訴審弁護人編)
82ページ 麻原控訴審弁護団作成の控訴審経過概要 を参考に加筆
2004年
2月27日
東京地裁死刑判決ー控訴審弁護人受任
4月 5日
1回目の接見。但し、麻原接見室に現れず。以降、7月26日 37回目の接見まで同じ。
5月17日
裁判所との進行打合せ
6月 8日
裁判所との進行打合せ
6月 末
裁判所は、控訴趣意書提出期限を2005年1月11日までと指定
最初から裁判所は「この裁判は2年で終わらせる」「ふつうの裁判と同じようにやる」と豪語
弁護団は、麻原とコミュニケーションがとれない以上趣意書は書けない旨一貫して主張。
7月14日
裁判所との進行打合せ
7月26日
37回目の接見。1回目から同様に、麻原接見室に現れず。
7月29日
午後と午前の2回接見(38、39回目)。
初めて接見室で姿見る(車いす、オムツ、対話不能等)。
接見は、以後平均週2回程度、1回の時間30分から60分。
意思疎通は不能。
接見が可能となって以来接見状況は裁判所に報告。
異常である旨裁判所に報告するが、関心を持たないか無視しているように見えた。
進行打合せの席では、ほとんど趣意書の作成状況、弁護人の増員の話だけ。
8月26日
裁判所の進行打合せ
9月29日
裁判所との進行打合せ
10月28日
精神鑑定、第一次公判手続停止各申立
(医師の意見書添付-脳器質性疾患(ピック病、梅毒による進行麻痺及び精神作用薬物による精神障害)の可能性を指摘、精密検査と治療の必要性を強調)。意見書は合計3通提出(10月26日付け、11月5日付け、12月10日付け)。
この申立に対して、裁判所は検察官に意見照会。最初の一通目は手書きで2頁ほどのもの、すぐに東京拘置所の回答書を添付して改めて意見書提出。
拘置所の回答書には「正常である」旨の記載は一言もない。
12月10日
東京高裁第10刑事部裁判官2名が書記官と共に麻原に東京拘置所で「控訴趣意書提出に関する手続教示」と称して面会
(後日、裁判官は、弁護人に対し、裁判官の質問に対し被告人が「うん、うん」等との音(声)を発したとして「こちらの言っていることは理解している」旨述べる)
12月17日
裁判所との進行打合せ
12月20日
東京高裁第10刑事部、上記各申立に対し「職権発動せず」との決定
12月21日
東京高裁第10刑事部の上記「職権発動せず」との決定に対し異議申し立て
12月22日
東京高裁第10刑事部異議却下
12月27日
異議却下に対し最高裁に特別抗告(不適法却下)
東京高裁第10刑事部に控訴趣意書提出期限延長申立
12月30日
同再度の申立
2005年
1月 6日
東京高裁第10刑事部控訴趣意書提出期限を同年8月31日に延長
4月 4日
裁判所との進行打合せ
6月13日
東京地裁に人身保護請求、国家賠償請求、日弁連に人権救済申立
6月24日
裁判所との進行打合せ
7月15日
裁判所との進行打合せ
7月29日
第二次公判手続停止申立
(医師の意見書添付-重篤な拘禁反応で昏迷状態にある、訴訟能力なし、治療により治癒可能性ありとの指摘)
8月 9日
東京弁護士会法廷委員会、第二東京弁護士会刑事弁護委員会に東京高裁第10刑事部の違法不当な訴訟行為に対し、救済申立を行う
8月19日
東京高裁第10刑事部、第二次各申立に対し「職権発動せず」との決定
(東京高裁第10刑事部配布の書面-「訴訟能力を有するとの判断は揺るがない」
「慎重を期して、事実取り調べの規定に基づき、鑑定の形式より精神医学の専門家から被告人の訴訟能力の有無について意見を徴する事を考えている」
弁護人には「鑑定結果出るまで趣意書提出あれば期限内提出として扱う」)
8月22日
弁護団、東京高裁第10刑事部に「鑑定の形式につき刑事訴訟法上鑑定の規定に基づき、公開の法廷での宣誓、鑑定人尋問等を求める書面を提出
(後日、宣誓は非公開で行い、刑事訴訟法の「鑑定」の規定に基づく鑑定人尋問は行わないことが判明)。
8月31日
控訴趣意書提出期限。東京高裁第10刑事部に赴き、控訴趣意書を提出しない旨伝える
9月 2日
裁判所から弁護人(主任)及び報道向けに書面が配布される
10月25日
東京高裁第10刑事部裁判官忌避申立
11月 3日
忌避申立に対する異議申立
11月12日
忌避を認めない裁判に対し最高裁に特別抗告
11月18日
裁判官訴追委員会に東京高裁第10刑事部裁判官3名を追訴請求
2006年
2月
東京高裁が依頼した西山医師が、訴訟能力ありとする「鑑定書」を提出。
3月21日
「西山鑑定」の提出を受け、2006年3月21日、及び22日に、弁護団から裁判所に、3月28日に控訴趣意書を提出する旨連絡。
3月27日
突然裁判所は麻原の控訴棄却を決定。