司法手続き歪めた同調圧力 ー「オウム事件真相究明の会呼びかけ人」想田和弘

司法手続き歪めた同調圧力 ー「オウム事件真相究明の会呼びかけ人」想田和弘

司法手続き歪めた同調圧力

文: 想田和弘(本会呼びかけ人ー映画監督)

 僕は死刑制度は廃止すべきだと考えている。だから今回の麻原彰晃こと松本智津夫ら7名の死刑執行には当然反対である。

 その上で、現行の法制度上死刑を行うのであれば、せめて法律に則って手続きを踏んで欲しいと願う。日本が法治国家であるならば、当たり前のことであろう。

 ところが今回の麻原の死刑執行は、刑事訴訟法に違反していたのではないかとの疑念がある。つまり、麻原が一審の裁判の途中から拘禁反応による心神喪失状態に陥り、会話が成立するどころか、失禁が生じオムツさえ着用せざるをえなくなり、訴訟能力や受刑能力を有していなかったのではないか、という疑いである。

 実際、2006年までに弁護側の依頼で7人の精神科医が拘置所で麻原に30分間ずつ接見し、訴訟能力が欠如しているとの疑いを共通して抱いたという。秋元波留夫医師は「麻原の現在の精神状態は拘禁反応の昏迷状態に該当し、訴訟能力を失った状態であり、即刻公判を停止」すべきだと主張し、加賀乙彦医師も「原始反応性の昏迷状態にあり、はっきりとした拘禁反応の状態を示していて、言語により意志の疎通は不可能であり、訴訟能力はない」と断じた。

 刑事訴訟法第314条は、「被告人が心神喪失の状態に在るときは、検察官及び弁護人の意見を聴き、決定で、その状態の続いている間公判手続を停止しなければならない」と定めている。また、同法479条には「死刑の言渡を受けた者が心神喪失の状態に在るときは、法務大臣の命令によって執行を停止する」とある。

 にもかかわらず、裁判所は麻原の訴訟能力を認めた西山詮医師による鑑定書を採用し、控訴は棄却され、死刑は確定してしまった。

 やはり麻原に接見し訴訟能力に疑いを感じた岡崎伸郎医師は、最高裁判所への意見書の中でこう綴った。

 「多数の専門家の慎重を求める意見があるにもかかわらず、それらを無視して少数の、しかも不備の多い意見のみを取り入れて判決の確定を急ぐことは、公正な司法手続きに則つているとは思えず、到底納得しがたいことである。(略)拙速に裁判を確定させた場合、その判断は『結論先にありきの幕引き』として将来にわたって厳しい批判に晒されることが必定である。被告人の関わつた事件の重大さからいつても、我が国の刑事裁判史上の汚点になる危惧があると言つても過言ではない。なすべきことや、なすのが可能なことを残して最終的な結論を出せば、必ずや後世に禍根を残すであろう」

 死刑が執行されてしまった以上、もはや取り返しがつかない。

 言うまでもないことだが、オウム真理教が犯した数々の凶悪犯罪は言語道断であり、厳しく裁かれるべきである。麻原らを擁護するつもりはない。

 ところが僕などは以上のような主張をするおかげで「オウム監督」などとレッテルを貼られ、ネット上で「オウムを擁護するな」「オウムの後継団体に利用される」などとバッシングされている。

 死刑執行後のマスメディアの報道を見ていると、麻原の訴訟・受刑能力を問う視点は驚くほど少ない。麻原の死刑に賛同しなければ「オウム側の人間」とみなされかねない強力な同調圧力に、記者たちの筆が萎縮しているのではないかと心配になってしまう。同時に、そうした風潮が司法のプロセスをも歪めてしまった可能性があるのではないか。

 いずれにせよ、裁きのプロセスに疑問の余地を残してしまったことで、残念ながら麻原彰晃は「殉教者」として位置づけられやすくなってしまったと思う。それは岡崎医師の言葉を借りるなら、「必ずや後世に禍根を残す」ことになるのではないだろうか。

(この記事は、北海道新聞2018年7月17日夕刊にも掲載されました)